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選評  出版関係物故者  放送関係物故者

対象作品は発表された年ではなく、サイト主宰者が実際に目にした年のものとしています。



部門ノミネート作品ベスト作品
図書部門 小説の部 「指し手の顔 脳男U」「まず石を投げよ」「タッチ」「転移」 該当作なし
漫画の部 「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」「漫画少年版 ジャングル大帝」 該当作なし
映像部門 映画の部 「母べえ」「劒岳 点の記」「笑の大学」 該当作なし
テレビドラマの部 「龍馬伝」「遠まわりの雨」「わが家の歴史」「坂の上の雲」 「龍馬伝」
アニメーションの部 「ちびまる子ちゃん」「クレヨンしんちゃん」 該当作なし

2010年選評

与志田選2010年総括。ここの選考基準のひとつとして、「10年先に自分がもう一度それを見たいと思うか」というのがあります。といいつつ、10年前に自分で選んだタイトルを今振り返ってみると、あまりそうでもない、記憶にすら残っていないような作品が入っていたりします。当時の選考が甘かったのか。でも辛くするとノミネートすら入ってこなくなっちゃうんですよねー。年齢とともに出会える作品も少なくなってきているし、感動もしづらくなっているということでしょうか…。( 11/02/13 )

<図書部門>
『指し手の顔 脳男U』(首藤瓜於・講談社刊)
さんざんじらしといてまたも続編を待たされるような結末。一部不快な表現もあったりしていかがなものかと。上下巻読んできて、「続く」みたいな終わり方が大いに不満です。"脳男"って何者なんだ?
『まず石を投げよ』(久坂部羊・朝日新聞出版刊)
これも終わったんだか終わってないんだか中途半端な終わり方。グロい展開になるのかと思いきや、本作はわりと地味でおとなしめ。これ以前の作品が強烈過ぎて、ちょっと肩透かしを食らった印象です。
『タッチ』(ダニエル・キイス/秋津知子訳・早川書房刊)
初期の作品らしいけど、なんでか最近になって出版。翻訳ものって読みづらいという印象があるんだけど、キイスの作品はまったくそんなことがないです。古さも感じさせない。テーマは重いけど、物語としておもしろかったです。
『転移』(中島梓・朝日新聞出版刊)
そうか梓さんはもういないんだなという喪失感をもって読みました。それほど鮮烈な記述はないんだけど、先がないのを知ってしまっているこちらには、その日が近づくにつれその一言一言がとてもせつなく感じられました。

<映像部門>
『笑の大学』(11/24・NHK衛星第2)
―2004年フジテレビほか 役所広司 星譲監督
舞台版のほうがよかったのは仕方ないですね。二人芝居をよくも映画で2時間持たせたなという印象。映画でやるんだったら舞台をそのままなぞらなくてもよかったのでは。まあそれでも面白かったですけど。ラストの役所広司の台詞はちょっと鼻につく感じだったけど、舞台のラストもあんなんだったっけ?
『龍馬伝』( 1/ 3〜11/28・NHK総合)
4部構成ということでドラマのキレがよかった。既存の龍馬像はもとより、既存の大河から脱却せんと健闘するスタッフの心意気が伝わってきました。ただ、総集編には一言いいたい。これは最近の傾向なんだけど、総集編はバラエティ仕立てにしないでちゃんとドラマの総集編にして欲しいです。ああいうことをやると大河の格が落ちます。ドラマによっては民放のほうがNHKっぽかったり、NHKが民放みたいだったりします。
『わが家の歴史』( 4/ 9〜 4/11・フジテレビ系)
架空の人物が実在の人物とからんでドラマが展開。三谷さんがおそらくインスパイアされているであろう『黄金の日日』の昭和版ですね。
『坂の上の雲』(09/11/29〜放送中・NHK総合)
前評判にあおられ過ぎて、期待したほどには面白くなかったです。事象を追うばかりでドラマがない。『その時歴史は動いた』みたいな再現ドラマのような印象で、なんだかドキュメンタリーを見るふうなんです。3年かけて放送する意味もあまり感じられなかったりします。


2010年出版関係物故者

SF同人誌「宇宙塵」発行人の柴野拓美(しばの・たくみ)氏が 1月16日、肺炎のため死去。83歳だった。( 1/18 読売新聞朝刊より)
1957年に星新一らと宇宙塵を創刊。小松左京、筒井康隆、眉村卓各氏や光瀬龍らの初期作品を掲載し、日本SFの発展を支えた。小隅黎の筆名でE・E・スミス、J・P・ホーガンらの翻訳も手がけた。

作家の立松和平(たてまつ・わへい)氏が 2月 8日、多臓器不全のため死去。62歳だった。( 2/10 読売新聞朝刊より)
宇都宮市出身。早大在学中、学生運動に参加しながら創作活動を始め、「途方にくれて」でデビュー。卒業後は土木作業員、魚市場の荷役などを経て帰郷、宇都宮市役所に勤務した。1979年からは文筆活動に専念し、80年に「遠雷」で野間文芸新人賞を受賞、翌年、映画化もされた。97年、「毒‐風聞・田中正造」で毎日出版文化賞。テレビ朝日系の「ニュースステーション」のリポーターとしても活躍、朴とつな語りで人気を得、パリ・ダカール・ラリーへの出場でも注目を集めた。
93年には、連合赤軍事件を題材にした雑誌連載「光の雨」が「死刑囚の手記と酷似している」と指摘され、連載を中止。書き直して5年後に出版したが、そのころから奈良の法隆寺で行を積むなど仏教に傾倒、2007年には、「道元禅師」で泉鏡花文学賞を受賞した。

翻訳家の浅倉久志(あさくら・ひさし)氏が 2月14日、心不全のため死去。79歳だった。( 2/17 読売新聞朝刊より)
カート・ヴォネガット「タイタンの妖女」、フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」などSF作品の翻訳で知られた。

文化功労者で劇作家・小説家の井上ひさし(いのうえ・ひさし)氏が 4月 9日、肺がんのため死去。75歳だった。( 4/12 読売新聞夕刊より)
山形県出身。上智大在学中からコント台本を書き始め、1964年スタートのNHK連続人形劇「ひょっこりひょうたん島」の脚本で脚光を浴びた。69年には、テアトル・エコーが上演した「日本人のへそ」で劇作家デビュー。喜劇作家として名を挙げた。
84年に劇団「こまつ座」を旗揚げし、座付き作者として、「小林一茶」(読売文学賞)「シャンハイムーン」(谷崎潤一郎賞)などの評伝劇で時代と人間に切り込んだ。
また、小説では72年に江戸の戯作者群像を描いた「手鎖心中」で直木賞、「吉里吉里人」で日本SF大賞、読売文学賞など、数多くの賞に輝いている。軽妙なエッセーで親しまれ、言論人による「生活者大学校」「九条の会」などの市民運動にも力を入れた。
99年に菊池寛賞受賞、93年から98年まで日本劇作家協会の初代会長、03年から07年まで日本ペンクラブ会長を務めた。04年に文化功労者、09年に日本芸術院会員に選ばれた。


2010年放送関係物故者

声優の田の中勇(たのなか・いさむ)氏が 1月13日、心筋梗塞のため死去。77歳だった。( 1/16 読売新聞朝刊より)
テレビアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉おやじの声で有名。ほかに「スターウォーズエピソードT、U」の宇宙人、ジャージャー・ビンクスの声の吹き替えも担当した。

脚本家の宮内婦貴子(みやうち・ふきこ)さんが 2月16日、肺気腫のため死去。76歳だった。( 2/18 読売新聞朝刊より)
映画「風立ちぬ」「野菊の墓」「人間の約束」、NHK連続テレビ小説「いちばん星」などの脚本を手がけた。

脚本家の田向正健(たむかい・せいけん)氏が 3月 5日、直腸がんのため死去。73歳だった。( 3/ 6 読売新聞朝刊より)
松竹大船撮影所を経て、独立。NHK朝の連続テレビ小説「雲のじゅうたん」や、大河ドラマ「武田信玄」「信長」などを手がけた。1988年に「橋の上においでよ」で向田邦子賞、94年に「街角」で芸術選奨文部大臣賞に輝いた。

脚本家の寺内小春(てらうち・こはる)さんが 5月12日、急性心筋梗塞のため死去。78歳だった。( 7/31 読売新聞朝刊より)
NHK「おていちゃん」をはじめ、数多くのテレビドラマの脚本を手がけた。1987年にはTBS系「麗子の足」とNHK「イキのいい奴」で向田邦子賞を受賞した。

劇作家・演出家のつかこうへい氏が 7月10日、肺がんのため死去。62歳だった。( 7/12 読売新聞夕刊より)
福岡県生まれ。在日韓国人2世で、慶大在学中に演劇を始めた。74年、「劇団つかこうへい事務所」を旗揚げし、同年、「熱海殺人事件」で岸田國士戯曲賞を過去最年少の25歳で受賞。若くして脚光を浴びた。
速射砲のように連発するセリフと独特のユーモア、鋭い批判精神で若者の支持を集め、「いつも心に太陽を」「蒲田行進曲」「幕末純情伝」など話題作を発表。小劇場界では「つか以前」「つか以後」の言葉が生まれるほど、大きな影響を与えた。俳優の演技に合わせ、けいこ場でセリフを考案する「口立て」の手法も有名。三浦洋一、風間杜夫、平田満、根岸季衣、かとうかずこ、阿部寛、小西真奈美さんら、数多くの人気俳優を育てた。
94年には東京都北区が支援する「北区つかこうへい劇団」を発足。95年に「大分市つかこうへい劇団」を創設するなど、地方からの文化発信にも尽力した。
在日韓国人としての思いをつづったエッセー「娘に語る祖国」もベストセラーとなった。82年に小説版「蒲田行進曲」で直木賞、91年に「飛龍伝'90 殺戮の秋」で読売文学賞を受賞している。2007年に紫綬褒章授章。

人形アニメ作家の川本喜八郎(かわもと・きはちろう)氏が 8月23日、肺炎のため死去。85歳だった。( 8/27 読売新聞夕刊より)
人形作りを幼少時から趣味とし、1946年に東宝撮影所に入社、美術部を経て独立し、人形芸術プロダクションを設立、アニメCMなどを制作した。チェコスロバキア留学後、人形、切り絵などを用いた人形アニメ界の第一人者となった。NHKの連続人形劇「三国志」(82〜84年)、「平家物語」(93〜95年)で人形美術を担当、広く親しまれた。
映画の分野でも、72年の「鬼」で各国の映画賞を受賞、「道成寺」「火宅」などで日本の古典世界を表現、高い評価を受けた。遺作となった2005年の映画「死者の書」で、文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した。
88年に紫綬褒章、95年に勲四等旭日小綬章を授章。

劇作家・演出家の山元清多(やまもと・きよかず)氏が 9月12日、肺がんのため死去。71歳だった。( 9/14 読売新聞朝刊より)
通信社の記者を経て1968年、黒テント創立に参加。代表作にブレヒト戯曲の設定を日本に移した「ハザマとスミちゃん」「隠し砦の肝っ玉」など。83年「比置野(ピノッキオ)ジャンバラヤ」で岸田國士戯曲賞。「ムー一族」「カミさんの悪口」などテレビドラマの脚本も多数手がけた。

俳優で声優の野沢那智(のざわ・なち)氏が10月30日、肺がんのため死去。72歳だった。(10/31 読売新聞朝刊より)
東京都出身。劇団薔薇座を結成。演出家として、芸術祭賞を受賞した「スイート・チャリティー」など多くの舞台を手がけた。
1960年代から、テレビのアニメや洋画の吹き替えで活躍。アラン・ドロンのほか、ブルース・ウィリス、アル・パチーノら、二枚目から個性派まで幅広い役柄の吹き替えをこなした。アニメでは、「新・エースをねらえ!」「スペースコブラ」などに出演した。
ラジオDJとしても、TBSラジオの深夜番組「パックインミュージック」を声優の白石冬美さんとともに67年から15年間担当し、人気を集めた。

アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のプロデューサーの西崎義展(にしざき・よしのぶ)氏が11月 7日、東京都小笠原村父島付近の海で船から転落し、死亡した。75歳だった。(11/ 8 読売新聞朝刊より)
「宇宙戦艦ヤマト」の著作者が誰かを巡って漫画家の松本零士さんと訴訟になり、2003年に和解が成立した。