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選評  出版関係物故者  放送関係物故者

対象作品は発表された年ではなく、サイト主宰者が実際に目にした年のものとしています。



部門ノミネート作品ベスト作品
図書部門 小説の部 「ソラリス」「預言」 該当作なし
漫画の部 「COM傑作選 上」「COM傑作選 下」 該当作なし
映像部門 映画の部 「振り子」「日本のいちばん長い日」 該当作なし
テレビドラマの部 「真田丸」 「真田丸」
アニメーションの部 「ちびまる子ちゃん」「クレヨンしんちゃん」 該当作なし
音楽部門 アルバムの部 「Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター」 「Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター」

2016年選評

与志田選2016年総括。ノミネートに入れていない作品から一言。『逃げる女』−鎌田敏夫ひさびさの連ドラとして期待したけど、ひたすら暗い。救いがない。見ていて終始後味がよろしくない。 『精霊の守り人』−綾瀬はるかが主演で、大森寿美男の脚本ながら、これもまたなんだか面白くない。「ハリポタ」も「指輪」も話題にのぼるから一応は見るけど面白いと思ったことないんだよなー。ゲームならまだしもファンタジーの映像化はそもそも受け入れがたい。しかも和製だし。( 17/02/19 )

<図書部門>
『ソラリス』(スタニスワフ・レム/沼野充義訳・早川書房刊)
ロシア語版をもとにしていた『ソラリスの陽のもとに』を読んでから38年。ポーランド語原著からの完訳版ということで、今一度ちゃんと読みました。ついでにタルコフスキーの映画『惑星ソラリス』もDVDでもう一度。
『預言』(ダニエル・キイス/駒月雅子訳・早川書房刊)
ダニエル・キイスの最後の長編小説。いささかハードでスリリングな活劇的展開は、これまでのキイス作品とはかなり印象が異なっています。文庫版で600ページ超えというボリューム、読み応えありました。

<映像部門>
『日本のいちばん長い日』( 7/25・NHK BSプレミアム)
2015年公開の原田眞人版が同時期に放送されたのでそちらも見ましたが、切れ味といい緊張感といい、こちらの岡本版のほうに断然軍配を上げたいです。太平洋戦争の終戦前夜にこれほどスリリングな出来事があったことを今まで知りませんでした。
『真田丸』( 1/10〜12/18・NHK総合)
往年の名作大河を髣髴とさせるかのよう文句なく面白いと思える大河でした。松本幸四郎が助左衛門役で登場したり、関ヶ原合戦がシーンとして描かれなかったり。三谷さん、今回はいい意味でやってくれたなという感じです。

<音楽部門>
『Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター』(浜田省吾・SME Records)
ベスト盤や企画盤でないオリジナルアルバムからひさびさのノミネート入り。全17曲、75分を超えるボリュームながらどの曲も心地よく響いてきます。自分にとって初浜田ライブとなった「ON THE ROAD 2016」では、そのうち9曲を生で聴けました。『J.BOY』の頃もよかったけど、年を重ねてますますカッコいいです。


2016年出版関係物故者

「くまの子ウーフ」シリーズの絵で知られる絵本作家の井上洋介(いのうえ・ようすけ)氏が 2月 3日、胃がんのため死去。84歳。( 2/ 4 読売新聞夕刊より)
東京生まれ。武蔵野美術学校(現・武蔵野美大)を卒業後、漫画家として活動を始め、1960年に絵本作家デビュー。ロングセラーの童話「くまの子ウーフ」(神沢利子・作)のつりズボン姿の愛らしいクマの絵で知られる。「月夜のじどうしゃ」で講談社出版文化賞絵本賞、「でんしゃえほん」で日本絵本賞大賞。ナンセンスな作風で、漫画、油絵、イラストなどでも幅広く活動した。

漫画家の神江里見(こうえ・さとみ)氏が 2月14日、胆のうがんのため死去。65歳。( 2/19 読売新聞朝刊より)
1973年デビュー。漫画原作者の小池一夫さんと時代劇漫画で多くのコンビを組み、「週刊ポスト」で78年から長期連載された「弐十手物語」の作画などで知られた。

パズル集「頭の体操」シリーズなどの著者で千葉大名誉教授の多湖輝(たご・あきら)氏が 3月 6日、間質性肺炎のため死去。90歳。( 3/16 読売新聞朝刊より)
インドネシア・スマトラ島生まれ。東大大学院修了。千葉大在職中の1966年、心理学研究の傍ら、ひねりのきいたパズルやクイズを集めた「頭の体操」を出版、200万部を超えるベストセラーとなった。同書はシリーズ化され、2001年の第23集まで累計1200万部が売れた。
テレビやラジオにも出演し、子育てや中高年の生き方をテーマにした書籍も数多く執筆した。最近ではゲームソフト「レイトン教授」シリーズの監修を手がけた。

漫画家の聖日出夫(ひじり・ひでお)氏が 3月10日、胃がんのため死去。69歳。( 3/15 読売新聞朝刊より)
1982〜91年に「ビッグコミックスピリッツ」誌で連載したサラリーマンを主人公とした「なぜか笑介」や、続編の「だから笑介」などで人気を博した。

「Wの悲劇」「蒸発」などの推理小説で知られた作家の夏樹静子(なつき・しずこ)さんが 3月19日、心不全のため死去。77歳。( 3/22 読売新聞朝刊より)
東京都生まれ。慶応大在学中の1960年に江戸川乱歩賞に応募、最終候補になったことをきっかけに、NHKの人気推理番組「私だけが知っている」のシナリオを執筆した。卒業、結婚を経て、69年に「天使が消えていく」で再度同賞最終候補となって注目を集め、73年、「蒸発」で日本推理作家協会賞を受賞した。実業家一族内で起こった殺人事件が題材の「Wの悲劇」などのミステリーや、人が人を裁く裁判制度の根源を問う「量刑」といった社会派作品でも知られた。89年、「第三の女」でフランス犯罪小説大賞。2007年、日本ミステリー文学大賞。
「Wの悲劇」が薬師丸ひろ子さんの主演で映画化、「弁護士朝吹里矢子」「検事霞夕子」シリーズはテレビドラマでも人気を博した。また、自身が眼精疲労に悩んだ経験から、目に優しい緑色の碁石を使う「グリーン碁石」を発案した。

漫画家の小山田いく(おやまだ・いく)氏が 3月23日死去。59歳。( 3/26 読売新聞朝刊より)
長野県小諸市を舞台に1980年代前半に連載された青春漫画「すくらっぷ・ブック」ほか、「ぶるうピーター」などで知られた。弟は漫画家のたがみよしひささん。

漫画家の望月三起也(もちづき・みきや)氏が 4月 3日、肺腺がんのため死去。77歳。( 4/ 4 読売新聞夕刊より)
1960年にデビュー。その後「秘密探偵JA」が人気を呼んだ。「少年キング」に長期連載した「ワイルド7」が70年代にヒット、無法者を集めて結成された警察組織が、悪と戦うという設定で、テレビドラマや映画の原作にもなった。

シャンソン歌手で推理作家の戸川昌子(とがわ・まさこ)さんが 4月26日、胃がんのため死去。85歳。( 4/27 読売新聞朝刊より)
東京都生まれ。商社勤務を経て、1957年頃から東京・銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌手活動を始めた。62年、ステージの合間に書いたミステリー「大いなる幻影」で江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビューした。63年には、妻がありながら夜の街で女性たちと関係を持つ男が、ワナにはめられていく「猟人日記」を発表。同作は直木賞候補となり、自身の出演で映画化もされた。
67年にはシャンソンバー「青い部屋」を開き、川端康成や三島由紀夫、柴田錬三郎、野坂昭如といった文士らに親しまれた。さらにテレビのコメンテーターとしても活躍し、46歳での高齢出産も話題になった。近年は高齢者福祉問題にも取り組み、戦後に母と住んだ女性専用の集合住宅「旧同潤会大塚女子アパートメント」の存続運動にも参加。

イラストレーターの長尾みのる(ながお・みのる)氏が10月 6日、心不全のため死去。87歳。(10/ 8 読売新聞夕刊より)
1957年、放送作家・永六輔さんの連載小説の挿絵を担当し、「イラスト」という略称を流行させた。「深夜美術館」などで76年度講談社出版文化賞を受賞。


2016年放送関係物故者

アメリカ・ロックバンド「イーグルス」創設メンバー、グレン・フライ氏が 1月18日、リウマチ性関節炎や大腸炎などの合併症のため死去。67歳。( 1/19 読売新聞夕刊より)
アメリカ・デトロイト生まれ。1971年、アメリカ西海岸ロサンゼルスでイーグルス結成に参加し、ギターやボーカルを担当した。イーグルスはロックとカントリー・ミュージックを融合させた曲調などで70年代のアメリカ若者文化を代表するバンドの一つとなり、「ホテル・カリフォルニア」など大ヒットさせた。
80年にバンドがいったん解散した後もソロで活動し、映画「ビバリーヒルズ・コップ」の挿入歌「ヒート・イズ・オン」などのヒット曲を出した。94年に再結成し、世界各地でツアーを展開した。

テレビドラマ「金八先生」シリーズや「家族ゲーム」などを手がけたドラマプロデューサーの柳井満(やない・みつる)氏が 2月 1日、胸部動脈りゅう破裂のため死去。80歳。( 2/26 読売新聞朝刊より)
1958年、ラジオ東京(現TBS)に入社し、ドラマ畑を歩いた。79年、武田鉄矢さんを主役に抜てきした「3年B組金八先生」がヒット。妊娠や校内暴力など中学生を巡る問題を取り上げた同作のシリーズを2011年まで制作した。

往年の人気番組「シャボン玉ホリデー」などで知られる放送作家で司会者のはかま満緒(はかま・みつお)氏が 2月16日、心不全のため死去。78歳。( 2/17 読売新聞夕刊より)
東京都出身。慶応大を中退した後、フリーの放送作家として活動を始めた。林家三平さん出演のラジオ番組「三平の朝からどうもすいません」など多くのテレビ・ラジオ番組を手がけた。1977年から続くNHK・FMのトーク番組「日曜喫茶室」では司会者として人気を博し、2001年に放送文化基金賞を受賞した。
自宅に若手を住まわせることでも知られ、萩本欽一さんら多くのタレント・脚本家を育てた。

アメリカの俳優、ジョージ・ケネディ氏が 2月28日死去。91歳。( 3/ 1 読売新聞夕刊より)
1925年、ニューヨーク生まれ。幼少期から舞台やラジオで活躍。陸軍を除隊した後、再び芸能界で活動を開始し、67年の映画「暴力脱獄」では囚人役でアカデミー助演男優賞を受賞した。1メートル90を超える体格を生かし、多くの映画で悪役を演じたほか、「大空港」をはじめとする「エアポート」シリーズなどで知られる。日本映画の「人間の証明」(77年)にも出演した。

「天国の駅」などの作品で知られる映画監督の出目昌伸(でめ・まさのぶ)氏が 3月13日、膵臓がんのため死去。83歳。( 3/14 読売新聞朝刊より)
1957年、東宝入社。黒沢明監督の「用心棒」などで助監督を務めた。68年に「年ごろ」で監督デビューし、若者心理を巧みに描いた作品を相次いで発表した。
その後も、「神田川」(74年)や吉永小百合さんが体当たりの演技を見せた「天国の駅」(84年)などで豊かな演出力をみせ、テレビドラマでも活躍した。
95年の東映の戦後50年記念映画「きけ、わだつみの声」(織田裕二さんら主演)では、学徒兵の悲劇を描き、日本アカデミー賞の優秀監督賞を受賞した。吉永小百合さんと岩下志麻さんが初共演した「霧の子午線」(96年)や、第1次大戦中の徳島県の捕虜収容所を舞台とした「バルトの楽園」(2006年、松平健さん主演)なども話題を集めた。

戦後の女性ジャーナリストの草分けとして活動した評論家の秋山ちえ子(あきやま・ちえこ)さんが 4月 6日、呼吸器感染症のため死去。99歳。( 4/13 読売新聞朝刊より)
宮城県出身。東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大)を卒業。戦後、NHKのラジオ番組「私の見たこと、聞いたこと」のリポーターを務め、炭鉱からカツオ漁船まで、女性の目で復興期の日本の様子を伝えた。
1957年にはTBSラジオ(当初はラジオ東京)で「昼の話題」(後に「秋山ちえ子の談話室」)のパーソナリティーとなり、1万2000回以上続く長寿番組を担当した。2002年に終了後も、05年10月まで週1回放送の「秋山ちえ子の日曜談話室」に出演した。
エッセイストとしても活躍し、主な著書に「お勝手口からごめんなさい」「九十九歳の恋のうた」などがある。毎年、終戦記念日の8月15日に、東京・上野動物園で戦時中に餓死させられた象の物語「かわいそうなぞう」の朗読をラジオで続け、戦争の悲惨さを訴え続けていた。91年に菊池寛賞、97年に東京都文化賞を受賞。

アニメ「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造の声や、洋画の吹き替えなどで活躍した声優の大平透(おおひら・とおる)氏が 4月12日、肺炎のため死去。86歳。( 4/15 読売新聞朝刊より)
東京都出身。ラジオアナウンサーとして活動を始め、1956年、アメリカのテレビ映画「スーパーマン」でスーパーマンの声を担当。字幕から切り替わったばかりの生吹き替えに苦労しながらも、魅力的な低音で一躍人気者となった。「おはようフェルプス君」で始まる「スパイ大作戦」の指令テープの声や、映画「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーの吹き替えも担当した。
アニメでは「おらぁグズラだど」「ハクション大魔王」の主役のほか、アメリカのアニメ「ザ・シンプソンズ」のホーマー役でも印象を残した。89年に始まった藤子不二雄A原作の「笑ゥせぇるすまん」は、大人向けのアニメとして放送され、喪黒の「ホオーッホッホッホッ」という不気味な高笑いが話題を集めた。

世界的なシンセサイザー奏者で作曲家の冨田勲(とみた・いさお)氏が 5月 5日、慢性心不全で死去。84歳。( 5/ 9 読売新聞朝刊より)
東京都生まれ。慶応大在学中に作曲を始め、1963年のNHK最初の大河ドラマ「花の生涯」や「新日本紀行」「きょうの料理」ほか、手塚治虫のアニメ「ジャングル大帝」など、雄大で叙情性に富んだ曲作りでテレビや映画の音楽を数多く手がけた。
70年代には、新しく登場したシンセサイザーでクラシックの名曲を編曲し演奏。74年発表のアルバム「月の光」が英米でヒットチャートに入り、グラミー賞にもノミネートされた。後進に大きな影響を与え、「世界のトミタ」としてマイケル・ジャクソンさんらに敬愛された。
また、野外で複数のスピーカーを使って音響を立体化させる大規模パフォーマンスを、オーストリアのドナウ川など各地で繰り広げ話題を呼んだ。
2003年、映画「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)の音楽で日本アカデミー賞最優秀音楽賞。その後も、ボーカロイド(音声合成技術)の仮想アイドル「初音ミク」を使った音楽作りに取り組むなど、電子音楽の可能性を追求。12年の「イーハトーヴ交響曲」は、15年に北京でも公演された。

声優の水谷優子(みずたに・ゆうこ)さんが 5月17日、乳がんのため死去。51歳。( 5/20 読売新聞朝刊より)
愛知県出身。フジテレビ系アニメ「ちびまる子ちゃん」の放送が始まった1990年から、まる子のお姉ちゃん「さくらさきこ」役を担当していた。

草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、「上を向いて歩こう」をはじめ多くのヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した永六輔(えい・ろくすけ)氏が 7月 7日、肺炎のため死去。83歳。( 7/12 読売新聞朝刊より)
東京・浅草の寺に生まれ、10代の頃のNHKラジオへの投稿がきっかけで放送作家の道へ進んだ。1961年から66年まで放送されたNHK「夢であいましょう」などの人気テレビ番組の台本を書くかたわら、自らも番組に出演した。
作詞家としては、中村八大さんが作曲し、水原弘さんが歌った「黒い花びら」が59年に第1回日本レコード大賞を受賞。以後も中村さんとの”六・八コンビ”で、坂本九さんが歌った「上を向いて歩こう」をはじめ、「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」などの国民的ヒット曲を送り出した。ほかに作曲家のいずみたくさんと「見上げてごらん夜の星を」「いい湯だな」も生み出した。
その後、ラジオに活動の中心を移し、独特の早口で人気を集めた。67年からのTBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」は、1万2000回を超える長寿番組となった。エッセイストとしても活躍し、「死」を明るく捉え直そうとした94年の岩波新書「大往生」は、ベストセラーとなった。ラジオ放送文化の発展に寄与したとして、2000年に菊池寛賞を受賞した。

「11PM」「クイズダービー」などのテレビ番組の名司会者として一時代を築いたタレントの大橋巨泉(おおはし・きょせん)氏が 7月12日、急性呼吸不全のため死去。82歳。( 7/20 読売新聞夕刊より)
東京都出身。ジャズ評論家、放送作家を経て1965年にスタートした日本テレビ系「11PM」で翌年、司会者としてデビューした。前田武彦さんとコンビを組んだ「巨泉×前武 ゲバゲバ90分!」や「お笑い頭の体操」などの司会で人気を集めた。また、「はっぱふみふみ」や「ウッシッシ」など多くの流行語を生み出した。
70年代以降もTBS系の「クイズダービー」や「世界まるごとHOWマッチ」などで高視聴率を取った。90年に「セミリタイア宣言」をした後は、芸能活動を減らし、カナダなど海外に暮らしながら、土産物店の経営や文筆活動などに専念した。
2001年、参院選比例選に民主党(当時)から立候補し当選を果たしたが、党と対立して約半年後に辞職した。その後は週刊誌にコラムを寄稿するかたわら、趣味の西洋美術の鑑賞本などを出版していた。

元子役タレントの平田実音(ひらた・みお)さんが 8月 5日、肝不全のため死去。33歳。( 9/ 2 読売新聞朝刊より)
1991年にスタートしたNHK教育テレビの人気子供番組「ひとりでできるもん!」に、初代「舞ちゃん」役で出演した。

「名もなく貧しく美しく」「典子は、今」などヒューマニズムにあふれる作品で知られる映画監督で脚本家の松山善三(まつやま・ぜんぞう)氏が 8月27日、老衰のため死去。91歳。( 9/ 3 読売新聞朝刊より)
神戸市生まれ。1948年に松竹大船撮影所に入る。習作の脚本が木下恵介監督に認められ、同監督の「カルメン故郷に帰る」「二十四の瞳」などの助監督を務めた。55年には、「二十四の瞳」の撮影中から交際していた女優の高峰秀子さんと結婚。その後、脚本家として小林正樹監督の「人間の條件」、豊田四郎監督の「恍惚の人」、佐藤純弥監督の「人間の証明」などを手がけた。
監督デビュー作は、61年の「名もなく貧しく美しく」。高峰さんと小林桂樹さんが演じる聴覚障害を持つ夫婦の愛情物語は、多くの人を感動させた。以後も、小児マヒの生ワクチン問題を取り上げた「われ一粒の麦なれど」、サリドマイド薬害の被害者の女性を主人公にした「典子は、今」などを監督した。著書に小説「依田勉三の生涯」など。2010年に亡くなった高峰さんとはおしどり夫婦として知られ、「旅は道づれガンダーラ」などの共著もある。87年に紫綬褒章、95年に旭日小綬章。

脚本家の松木ひろし(まつき・ひろし)氏が 9月19日、急性骨髄性白血病のため死去。87歳。( 9/21 読売新聞朝刊より)
主にテレビドラマの脚本家として活躍し、「池中玄太80キロ」などを手がけた。また、映画「ニッポン無責任時代」の脚本も担当した。

テレビアニメ「ドラえもん」の骨川スネ夫役や「おそ松くん」のイヤミ役などで知られた声優の肝付兼太(きもつき・かねた)氏が10月20日、肺炎のため死去。80歳。(10/25 読売新聞朝刊より)
鹿児島県出身。テレビ朝日系のアニメ「ドラえもん」(1979年放送開始)では、裕福で意地悪なスネ夫を2005年まで担当した。そのほか、「それいけ!アンパンマン」のホラーマン役など独特のしゃがれた声で多くの役を演じた。

シンガー・ソングライターで女優のりりィさんが11月11日、肺がんのため死去。64歳。(11/12 読売新聞朝刊より)
10歳代から夜の繁華街で歌い、1972年にデビュー。74年には「私は泣いています」が大ヒットした。
女優としては大島渚監督の映画「夏の妹」、ベルリン国際映画祭で評価された「パーク アンド ラブホテル」など話題作に出演。今年公開の岩井俊二監督の「リップヴァンウィンクルの花嫁」では登場人物の母親を演じた。「3年B組金八先生」「半沢直樹」などテレビドラマにも出演した。

「小川宏ショー」での軽妙洒脱な司会ぶりで知られたフリーアナウンサーの小川宏(おがわ・ひろし)氏が11月29日、多臓器不全のため死去。90歳。(12/ 6 読売新聞朝刊より)
東京都出身。1947年、早稲田大学を卒業後、49年にNHKに入局。人気クイズ番組「ジェスチャー」の司会を10年にわたって務めた。65年に退職後、フリーアナウンサーとなり、同年から82年まで、フジテレビの朝のワイドショー「小川宏ショー」の司会を務めるなど、お茶の間の顔として長く親しまれた。
その後、うつ病を発病したが克服。闘病体験を基にした講演活動も行っていた。著書に「ちょっといい生き方 人生の実況放送」「『定年うつ』私はこうして乗り越えた」など。

アメリカSF人気映画「スター・ウォーズ」でレイア姫を演じたアメリカの女優、キャリー・フィッシャーさんが12月27日死去。60歳。(12/28 読売新聞夕刊より)
1975年に映画デビュー。ジョージ・ルーカス監督の目に留まり、77年公開のスター・ウォーズ第1作でレイア姫役に起用された。シリーズ化された同作品で人気を博し、昨年公開された第7作「フォースの覚醒」でも同じ役を務めた。
作家としても活動し、自伝的小説が「ハリウッドにくちづけ」(90年)として映画化された。アメリカの男性デュオ「サイモン&ガーファンクル」のポール・サイモンさんと結婚したが、その後、離婚した。