30年目の「銀河鉄道999」

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これまでアニメ史に残る最高傑作と疑わずにいた「劇場版・銀河鉄道999」だが、今あらためて見たところ少なからず違和感を覚えたので、それを記しておく。
というのもこの8月、NHKBSの特番「全駅停車!「銀河鉄道999」ぜんぶみせます」で、テレビ版と劇場版を続けて見る機会を得た。テレビ版も劇場版もこれまで何度となく見ているはずなのに、いつのまにか両方の記憶がごっちゃになり、勝手に解釈したりしていたところが多いことに気づかされたのである。じつのところテレビ版と劇場版ではストーリー上、違っている部分が意外と多いのだ。

・まず鉄郎の旅立ち。雪原で機械伯爵に襲われた直後、メーテルに助けられると思っていたら、劇場版の鉄郎はスラムの不良少年で、メガロポリス駅でメーテルに助けられる。母の死は鉄郎の回想として描かれている。
・劇場版ではハーロックやエメラルダスが鉄郎と大きく関わっており、劇中やたら前面に出てくる。クライマックスの惑星プロメシュームにおける戦闘では彼らが加勢にきてくれるのだ。アンタレスも時間城の戦闘に加勢にきている。
・ガラスのクレアは鉄郎たちと旅をともにしていて、最後にプロメシュームに襲われた鉄郎をかばって死ぬ。
・劇場版の鉄郎は惑星プロメシュームに到着する前に、それを破壊するために行くと宣言している。テレビ版は最後の最後まで迷っているのに...。
・劇場版はメーテルが鉄郎に直接別れを告げている。鉄郎はそれを見送る形で終わる。メーテルからの置手紙があり、列車が出発してから別れに気づくテレビ版と大きく違うところだ。

とはいえ、劇場版がアニメ史に残る最高傑作という位置づけは自分の中で変わるものではない。ただそれに迫るくらいテレビ版がいい出来であることにいまさらながら気づいたというわけである。とくにここにあげた違いの最後のふたつはテレビ版のストーリー運びに軍配を上げたい。

余談ながら、ついこのあいだ見た「ファイヤーマン」第8話「ミクロ怪獣の恐怖」(1973年放送)にメーテルこと池田昌子が母親役で出演していた。
くしくも32年前の今日、テレビ版の放送はスタートしたのだった。

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